カテゴライズの話

インタビューの中でカテゴライズの話が出ていたので、ひとつ思うところを書こうと思ったのですが、話がややこしい上に長くなりすぎるのでまとめるのは止めました。


以下思いつきの断片。

  • アーティストとアイドルの二分法というものがあるが、歴史的経緯からみると疑問。おそらく1990年代あたりの言説だと思うが、アイドルという呼び方は1960年代から、(音楽)アーティストという呼び方は1990年代からで、別にMECE*1というわけでもない。
  • 音楽カテゴリの範囲は明確な基準がないことが多い。ダンサー(ダンスする人)、シンガー(歌う人)は明確だが、アーティスト(原義:芸術家)、アイドル(原義:偶像)は基準が曖昧にならざるを得ない。
    • したがって後者のカテゴリの喚起するイメージは時代が経つにつれて変遷する(意味内容が更新されていく)。特にカテゴリを代表するとされる人たちのイメージがそのままカテゴリのイメージとなりがち。ただ原義はあるので、イメージや意味内容がそこから大きく逸脱することは少ない。
    • 逆にカテゴリの喚起するイメージを自らのイメージに援用するためにカテゴリを自称する場合もある。
      • その場合、カテゴリに属する人たちのイメージがカテゴリ全体のイメージに影響を与えるので、他の人の良いイメージも悪いイメージも自分たちに及ぶことになる。それを厭うならカテゴリを自称しない方がよいが、分類行為はリスナーも行うことなので限界はある。
  • 分類の有用性は物事を整理整頓することで求めているものに迅速にアクセスできるようになることにあるが*2、デジタル化の進展に伴って検索性は上がっているので、分類に労力をかける必要性が低下してきている。その観点からは分類不要論が出てもおかしくはない。
  • 分類は整理整頓のための方法論の一つに過ぎないのでそれに左右されるのはおかしいのだが、左右される人がいる以上は影響は避けがたい。ただ、有名で事績が詳しく知られている人たちならその恐れは少ない。