創業と守成、その難しさについて

あ~ちゃんの結婚相手が4代目を数えるところの社長さんだそうですが、社長さんなら経済的に豊かで今後困ることはなかろうし、また4代目ともなれば経営が安定していてなおさらよいのではないか、と思えば、こんな話もあるそうです。

以下、『貞観政要』より:

貞観10年、太宗が側近の者に尋ねた。「帝王の業で、創業と守成のどちらが困難と考えるか?」この問いに房玄齢が答えた。「天下が乱れ、各地に群雄が競い立っている状況下では、これを攻め破り、従わせ、戦に勝ち抜かなければなりません。そのことから創業の方が難しいと思います。」これに対し魏徴が言った。「帝王が新たに立つときには、必ず衰え乱れた前代を継承するため、ならず者を滅ぼします。そして人民は新しい帝王を喜んで迎え、みな心を寄せて従います。天子の位は、天から授かり、人から与えられるものですから、難しいものではありません。しかしそれを得たのちは、おごり高ぶるようになり、当初の志から外れてしまいます。そして人民が平穏な生活を欲していても、労働の義務を課せられ、休むことができなくなります。人民が弱り衰えても、国の無駄な仕事のために安息はありません。国の衰退は常にこのようなことに起因します。よって守成の方が難しいと思います。」太宗が言った。「玄齢は昔、私に従って天下を平定し、ながく艱難辛苦を嘗め、九死に一生を得た。よって創業の方が難しいと考えた。魏徴は私とともに天下を安定させ、これから勝手気ままな行動が始まれば、必ず滅亡に向かうと憂慮している。よって守成の方が難しいと考えた。そうして今、創業の難は過ぎ去った。これからは、まさに守成の難を君達とともに克服してゆきたい。」

wikipedia:貞観政要

創業には創業の難しさが、それを継いでいく(=守成)のにもそれなりの難しさがあるとの話なのでしょう。4代となってもその点は変わらないと思いますが、そういった立場にある人なら、ある意味でPerfumeを創業したあ~ちゃん*1のありようを見て、何か琴線に触れるものがあったのかもしれないし、ゆえにパートナーとしてふさわしいと思ったのかもしれないなぁ、などとは思いました。まぁ勝手な憶測ですけどね。

*1:かしゆかものっちもですが

デジタル化により24時間アーティストでいつづけることができるようになったことの弊害

最近のデジタル化の進展、特にネットサービスの成熟に伴い、芸能人がSNS等を通じていつでもファンと接点を持つことが容易にできるようになりました。

それ自体は基本的に良いことなのですが、ここで問題になるのはあまりに容易になったため、芸能人にとっては常に活動しつづけたいという誘惑にかられることです。特に芸能人同士にはアテンションを巡る競争がそれなりにあるため、お互いに負けないように活動量を増やしてしまい、そうなると当人のワークライフバランスが崩れ疲弊してしまうとか、アウトプットばかりが先行してインプットが疎かになってしまうとか、芸を磨く余裕がなくなるだとか、果ては自分を見失うだとか、そういった事態になりかねません*1

(このこと自体はデジタル化に伴い労働分野では指摘されていることで、デジタル化以前の時代では労働に緩急があってのんびりした部分も存在したのに対し、デジタル化した今では時間が許せばいつでも仕事が可能であり、そのため過度な労働に繋がっていると言われています。)

そうならないようにするためには、そのことを意識した上で、ペースを一定に保つように心がけ、なおかつ適切な休養を取る*2ことが肝要だと思われるのですが、なかなか渦中にある当人自身がそれに気づくのは難しいようです。

なお、Perfumeが活動休止を決断したのは周囲の働きかけがあってのことだそうですが、「岡目八目」ということわざがあるように、周囲から見れば一定期間の休養の必要性が感じられたのかもしれません。

ちなみに、労働分野では2018年から政府主導でいわゆる働き方改革が進められており、過度な労働には一定の枠がはめられたのですが、上記の観点からも時宜にかなった政策だったとの評価もありえるのかもしれません。

*1:ちなみに、ネット戦略では先行していたK-POP界隈ではたまにそういったニュースが出ることがあります。

*2:デジタルデトックスとか言いますよね

ひとつの節目

Perfumeの2025年内での活動休止が発表されたわけですが、ここで有名な芸道書である世阿弥風姿花伝』の解説から引用したいと思います。

www.the-noh.com

壮年前期(34〜35歳の頃)

この年頃は、ちょうど世阿弥風姿花伝を著した時期と重なります。世阿弥は、この年頃で天下の評判をとらなければ、「まことの花」とは言えないと言っています。
「上がるは三十四、五までのころ、下がるは四十以来なり」
上手になるのは、34〜35歳までである。40を過ぎれば、ただ落ちていくのみである。だから、この年頃に、これまでの人生を振り返り、今後の進むべき道を考えることが必要なのだというのです。34〜35歳は、自分の生き方、行く末を見極める時期なのです。

壮年後期(44〜45歳の頃)

「よそ目の花も失するなり」

この時期についてのべた世阿弥のことばです。どんなに頂点を極めた者でも衰えが見え始め、観客には「花」があるように見えなくなってくる。この時期でも、まだ花が失せないとしたら、それこそが「まことの花」であるが、そうだとしても、この時期は、あまり難しいことをせず、自分の得意とすることをすべきだ、と世阿弥は説きます。

この時期、一番しておかなければならないこととして世阿弥が挙げているのは、後継者の育成です。自分が、体力も気力もまだまだと思えるこの時期こそ、自分の芸を次代に伝える最適な時期だというのです。

世阿弥は、「ワキのシテに花をもたせて、自分は少な少なに舞台をつとめよ」ということばを残しています。後継者に花をもたせ、自分は一歩退いて舞台をつとめよ、との意で、「我が身を知る心、得たる人の心なるべし」(自分の身を知り、限界を知る人こそ、名人といえる)と説くのです。

(本当は原文を引用したいところなのですが、あいにく手持ちの本がありません。)

Perfumeは十分「天下の評判を取った」人たちなのですから、「まことの花」と言えるでしょう。しかしそれでも世阿弥は厳しいことを言っています、「下がるは四十以来なり」と。後継者の育成などといっても、Perfumeのスタイルについて後継者なんていません。いったいどういう形になって復帰するのか、結構難しいものがあるかもしれません。

まぁ有名な古典だからすべて正しいというものでもないので、それを超えてくることを期待してもいいのかもしれませんが。

ライブ中心主義の黄昏(?)

CD音源が売れなくなって以降、ライブ活動から収益を上げようという傾向が出ていて今も継続しています。これを通称「ライブ中心主義」と呼ぶことがあります。それ自体は音楽業界にとって新しい時代への適応ということで特に問題はないのですが、ここ最近になってそれに水を差すような事態が生じつつあるようです。
それは、

  1. 大都市圏におけるホテル代金の高騰
  2. 物価高

です。

1.については、これにはインバウンド需要による影響が指摘されており、当分の間価格が下がることはないと見込まれています。これによりいわゆる遠征(=地方部からライブ会場のある都市への移動と宿泊)が難しくなると考えられます。とはいえ、大都市圏でのライブは主にそこの住民によって需要を満たせると考えられるため観客動員に大きな影響があるものとは考えにくいのですが、ライブに参加しづらくなった地方部の住民が疎外感を感じて離れ、大都市圏のみの娯楽と化して全国的な基盤を失ってしまったり、遠征客も含めた大量の観客を見込む派手で大規模なライブ(ドーム・スタジアムライブが典型)が衰退してフラグシップを失う恐れがあり、今後の不安要因です。

2.については、生活費の相対的な減少を、嗜好品・ぜいたく品消費を減らして対応すると考えられるので、これもライブの観客動員に悪影響を与えると考えられます。

これらの要因を鑑みるに、ライブ中心主義もいつまで続くかわかりません。音楽業界の人は次の収益源を考えた方がよいのかもしれません。

紅白落選

NHK紅白歌合戦に落選したと聞いて、NHKの番組に出演していたときにはそんな雰囲気は無かったので予想外で驚いています。
しかしすでに女性グループとしては最多の16回の連続出場をしていて(「ザ・ピーナッツ」と同じ)、今回はそれを越えるかどうかがかかっていたとのことなので、それならさすがに無理だったろうなと思います。しょうがないですね。

歌手の寿命が伸びた時代

選挙なのでふと思い出したのだが、「歌手1年、総理2年の使い捨て」という言葉があるそうな。これは1980年代後半に内閣総理大臣を務めた竹下登*1氏の発言だそうだが、当時はアイドル全盛*2で歌手のはやり廃りの激しい時代だったそうなので納得のいく言葉ではある。

しかしひるがえって今の歌手の状況を見ると、上記の言とは違い歌手の寿命が伸びていることに気が付く。そうなったのがなぜかは私にも一定の意見があるのだが、今日のところは書かない。

ただ、歌手の寿命が伸びたということは、新人歌手にとっては将来自分たちもそうなれるという希望を持たせるものである一方で、寿命の長くなったベテランがなかなか第一線から退場してくれずライバルが多くなるということでもあるので、大変なことではあると思う。はたして新人にとってのニッチ*3はどこにあるのだろうか。

*1:Wikipedia:竹下登

*2:「80年代アイドル」などと呼ばれる

*3:Wikipedia:ニッチWikipedia:ニッチ戦略

買いたくないのなら無理に買う必要はない

toyokeizai.net

極端な話、実際の商品自体は、ギリギリの原価で販売しても構わない。コストコを楽しんでもらい、翌期も会員に継続してくれれば会員費収入が得られ、それが安定した利益に直結していくモデルになっているのだ。

結局、短期的な利益を求めて無理に商品を買わせて顧客を疲弊させ、結果として顧客離れを招いてしまっては(経済的観点からは)どんなアーティストでも長く活動を続けることはできない。その観点からすれば、顧客の側の心構えとしても、欲しい商品を一定程度買っているのであれば、あえて買いたくない商品までも買うような真似はしなくてもいいのではないかと思う。あくまでも「自分が楽しめる範囲で」どうぞ。